No63 新開 潔 23回生 「卒後50年」

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  福岡県生まれ。小学1年に高島へ。高島中学卒後東高。卒後名古屋京都大阪高石市、堺市と転居し現在堺市在住。
昨年十月退職し90歳になった母と同居中。

今年で23回生は卒後50年となります。コロナがなければ記念同期会をおこなう予定でした。50年、あっという間ですね。思い起こせば、原子力空母エンタープライズ佐世保港入港問題、大阪万博、第24回長崎国体(マスゲームで参加)等がありました。学生運動が盛んで殺伐とした感じでした。

そんな中2年の時に先生の反対を説得して文化祭でお化け屋敷をやったのが良き思い出となっております。体育祭の時に桟敷造りをやってましたが、その技を応用して竹を切り出し教室に通路を作りました。当日来てみたら窓から光があふれていてびっくり(笑)暗幕を急遽天津先生にお願いして準備してもらい窓全てに暗幕を張りました。張ったのは良いのですが、逆に暗すぎてより恐怖感のあるお化け屋敷になってしまいました。楽しかったです。
お化け屋敷を提案した時、先生方は反対されました。そこを現代のお化けととして交通事故や戦争時のパネルを長崎新聞社?からお借りし、パネル展も一緒に実施することで了解を得られました。やってみるもんですね(^^)v

私は、3年の10月に両親が名古屋転勤となり卒業後長崎を離れました。それから50歳になるまで長崎に帰ることも同窓生に会う機会がありませんでした。
ひょんなことから東京の同期会に呼ばれ参加してから、長崎同期会、在京同窓会、長崎同窓会総会と皆勤に近い出席率で参加してます。

高校3年間だけでしたが、心地よい時間を持てるのでこれからも参加していこうと思っています。同窓生と会うと頑張らなくてはという力をもらってます。

次の襷は関西同窓会の常任幹事をして頂いている31回生の松尾由美さんにお渡しします。

No63 新開 潔 23回生 「卒後50年」」への1件のフィードバック

  1. 田舎から町の高校へ入学して、驚く事ばかりで、学校の中で、お化け屋敷なんかできるなんて、信じられませんでした。友達とこわごわ入った事を思い出しました。あれを作ったのが、新開さん達だったのですね。楽しい思い出を、ありがとうございました!

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