2017年7月23日(日) 第33回関西さるく会を実施しました

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写真上段左から追手向櫓(手嶋)、追手門(大久保)、城址会館前(手嶋)、天守台(大久保)、天守台からの眺望(大久保)、永慶寺弁天門(手嶋)、キリシタン受難碑(大久保)、金魚資料館(大久保)、金魚ボックス(大久保)、源九郎稲荷神社(手嶋)、反省会(大久保)敬称略

 

    7月23日(日)に第33回関西さるく会を実施しました。
今回のテーマは「金魚が泳ぐ城下町 大和郡山をさるく」です。
今回のさるく会は、郡山在住の伊藤さん(24回生)ご夫妻が中心になって事前の情報収集や企画・運営に参画された結果、成立したことをまず感謝の意を込めて報告します。
天候は曇り時々晴れ。梅雨明けの湿度の高い蒸し暑い中にもかかわらず、17名の方々が近鉄郡山駅前に集合しました。伊藤さんご夫妻が事前に準備された散策マップでルートを確認した後、スタート。
まずは、郡山城跡へ。お城跡には、鉄(くろがね)御門から入り追手門へ。織田信長と組んでいた筒井順慶が城郭の整備に取り掛かったこと、その後、豊臣秀吉の弟、大和大納言秀長が100万石を領して城郭の大増築と城下町を建設したこと、更に水野、松平、本多が城主を務めた後、柳澤吉里が公布から15万石で入城し、明治まで6代145年間柳澤氏が続いたことなどを説明。次は、重厚な建築様式の城址会館へ。説明員の方が石垣の由来など見どころをしっかり説明してくださいました。ここで記念撮影。
予備知識を得た上で天守台へ。標高81mの天守台からの眺望は素晴らしく、大和国を支配するための好適地であったことを体感させてくれます。
南御門跡近くの公園で弁当を広げての昼食。その後、鰻堀池周辺を散策して、郡山藩主柳澤家の菩提寺である永慶寺へ。黄檗宗のお寺で、長崎の崇福寺の山門に似た朱色の弁天門がありました。門の前で記念撮影。法光坂を下ると大和郡山カトリック教会の敷地内に浦上切支丹流配の記念碑があります。明治の初めでもキリシタンに対する厳しい弾圧があったようです。長崎浦上のキリスト教信者の内86名がはるばる遠き大和郡山へ強制送還され苦難な歳月を送ったという悲話がありました。
次に立ち寄ったのは、紀伊・和泉・大和 百万石の城主、大納言秀長の墓所、大納言塚。暑さもピークとなり、皆さんそろそろお疲れ気味。水分を補給して、金魚田が広がる道を歩きます。朝どり金魚の自動販売機を発見!続いて、やまと錦魚園(郡山金魚資料館)へ。希少な金魚や高級な金魚など40種類の金魚を見ることができます。少し時間をとって金魚を眺めることにしました。
更にさるくと、金魚が泳ぐ電話ボックス。大和郡山ならではの発想ですね。日本三大稲荷神社で、当代の歌舞伎役者も参拝するという源九郎稲荷神社にも立ち寄りました。管理人の方が当神社の由来などのユーモアを交えて話をしてくださいました。ご神木の楠の枝を加工したペンダントも頂きました。昔、遊郭もあったという洞泉寺町を通り抜けて紺屋町へ。そして、近鉄郡山駅に戻り、恒例の反省会。和食のおつまみと冷えたビールで乾杯。火照った体を冷ましてひとまず一服。金魚の由来や種類の話や今後のさるく会のコース選定状況など、話は弾み、約1時間半の反省会終了。暑さの中、無事に全員完歩。お疲れさまでした。 (23回生 手嶋記)

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