2018年1月28日(日)第39回関西さるく会の下見を実施しました

12月24日にさるく会住吉大社初詣(2018年1月28日)の下見を行いました。
南海本線住吉大社駅10時集合。駅から住吉大社は非常に近く歩いて3分ほどの距離です。阪堺電気軌道の電車道に面した大鳥居をくぐり石灯篭群を左右に見ながら歩くとすぐそこは有名な太鼓橋(反橋)です。太鼓橋はこれを渡らないと住吉参りにはならないといわれています。結構傾斜がきつく行きは良いのですが帰りは少し厳しそうです。手水舎で両手を清め、住吉大社のシンボルといわれている角鳥居をくぐって向かう御本殿は第一本宮から第四本宮の4棟からなっておりそれぞれ国宝に指定されています。文化7年(1810年)に建てられたもので、「住吉造」と呼ばれている建築史上最古の様式の一つになります。第一本宮が一番奥に配置されていますがその第一本宮からお参りするのが正しい順だそうです。住吉大社には興味深い社が多く、縁結びから夫婦円満、安産までの守備範囲が広い侍者社、五、大、力と書かれた小石を集めお守りにするとご利益があるといわれる五所御前、招福猫の楠君社、安産の種貸社、石の重さで占いを行う「おもかる石」のある大歳社など見どころがいっぱいです。それぞれしっかり見ていくと時間がかなりかかります。
その後住吉公園で昼食場所の確認し、北畠顕家の墓、安倍王子神社、阿部清明神社まで歩いたのですが、大人数でぞろぞろ歩きするには少し距離が長く、難しく感じられました。当日は天王寺から熊野街道(北畠顕家の墓まで)を先に歩き阪堺電車を使った移動を考えたいと思います。反省会会場はJR天王寺駅近辺で捜索し、何とか北口近くで手ごろな居酒屋を予約することができました。
 さて、当日(128日)の計画ですが下見とは違い、集合場所:JR天王寺駅中央改札口 10:00集合 10:15出発にします。
まず天王寺から熊野街道を1時間ほど歩きます。北畠顕家の墓を見学した後、路面電車で住吉大社へ、近くの住吉公園で昼食の後、住吉大社見学、その後また路面電車で天王寺に戻り解散反省会になります。
【詳細順路】 
天王寺駅10:15 →(徒歩)安倍清明神社11:00 →(徒歩)安倍王子神社11:15 →(徒歩)北畠顕家の墓11:30 → 阪堺電車北畠電停 →(電車移動)→ 阪堺電車住吉鳥居前電停 →(徒歩)住吉公園12:00 昼食 →(徒歩)住吉大社12:30 →阪堺電車住吉鳥居前(14:00)→(電車移動)→ 阪堺電車天王寺(14:20)→(徒歩)反省会場(JR天王寺駅北口)
【内容】
《熊野街道》京都から始まり大阪を経て熊野まで続く街道の総称です。
当日歩く天王寺から阿倍野、松虫を通る熊野街道は明治までの地図ではまだ草原や鬱蒼とした森が続いている細い道だったそうです。今は府道30号線が通る立派な道路になっており安倍清明神社、安倍王子神社が通りに面しています。
《阿部清明神社》陰陽師安倍清明の生誕の地に創建された神社ですが京都の清明神社と比べるとこじんまりとした神社です。江戸期には大阪城代なども参詣し栄えた神社だったのですが幕末期以降にすたれてしまいました。現在は阿倍王子神社の末社として認可され社殿は大正10年に竣工されました。境内には安倍清明の等身大立像が母親の信太狐とともに建っています。占いでも有名です。
《阿倍王子神社》熊野神社の分霊社で九十九王子のひとつです。大阪府内の九十九王子で唯一旧地に現存している王子神社です。阿部清明神社と同様にこじんまりとした神社ですが由緒はこちらの方が古いようです。古代豪族安倍氏が建立したといわれています。
《北畠顕家の墓》顕家公園にあります。公園自体は都会のただなかにある街角公園なのですが、お墓がメインになっている少し風変わりな公園です。北畠顕家公はご存知のように南北朝の北畠親房(神皇正統記作者)の長男で奥州の鎮守府将軍に16歳で任ぜられた御方です。南北朝の動乱の中で東北から6万の軍勢を率い連戦連勝したのですが、最後は摂津国石津の戦いで敗死してしまいました。
《北畠電停》顕家公園から歩いて数分の距離にあります。阪堺電車は一両の路面電車でまるで長崎の路面電車のようです。5~6分おきに出ており、運賃は定額210円です。PiTaPa PASMOなどの交通系ICカードも使えます。電車は北畠電停から住吉鳥居前までと住吉鳥居前から天王寺駅までの2回利用します。
《住吉公園》南海住吉大社駅をはさんで住吉大社と対面にあります。大社から3~4分の距離です。BBQもできるような大きい公園で昼食場所として予定しています。
《住吉大社》お昼から1時間30分程度の見学時間を予定しています。見どころがたくさんありますのでゆっくりと見物してください。
《解散及び反省会》天王寺駅になります。
以上 皆様よろしくお願いします。泉田豊彦(24回生)