No66 寒川千恵子 25回生 「愛知より」

  転勤で国内を回った後、今は愛知県春日井市に落ち着いています。
名古屋市のベッドタウンである春日井市の北東部にある高蔵寺ニュータウンは東京の多摩、大阪の千里と並ぶ三大ニュータウンでしたが、高齢化で今では空き家が目立つ町となりました。名古屋駅までは電車で30分。名古屋も田舎の都会で文化・交通の便等、意外と住みやすい所だと思います。春日井市は書とサボテンの町。小野東風の生地であり、サボテンの栽培が盛んで、サボテンラーメンなども開発されてます。

旗揚げ、精霊流し、おくんち等一年中ワクワクしてた身としては、季節が淡々として過ぎていくことに淋しさを感じます。そんな楽しい思い出を長崎弁で年の差を超えて話せる 「さるく会」の再開を楽しみにしています。

次は同じく愛知県にお住いの19回生の桑原進さんにお願いします。

春日井市にある王子製紙工場内のバラ園
(一般開放しています)

春日井市のマスコットキャラクター

No65 倉田博幸 25回生 「コロナと私」

  25回生、大阪府豊中市在住の倉田博幸です。
福県柳川市で生まれて、諫早市、長崎市と移り住み西町小学校、勝山小学校、上長崎小学校、片淵中学校から長崎東に入り、大阪に来て42年になります。長崎の実家は西山本町、諏訪神社の上、長崎中学校のすぐ下で、当時は長崎中学校はまだ下にあり移転前で、立山公園がありました。諏訪神社の周辺は子供の頃からの遊び場で椎の実やどんぐりを拾ったり、当時は林間の車道はまだできてなくて石段になっていたので、ダンボールを敷いて滑って遊んでいました。
小中高と坂下の平地にあり、自宅は坂の上の方にあったので毎日坂の登り降りをしていたのに、そんなに苦とも思っていませんでした。

2020年1月から始まったコロナ騒動は今回が4度目の緊急事態宣言ですが、1度目、2度目、3度目では公共の体育施設が使用禁止となり、普段やっている剣道の稽古は出来ませんでしたが、8月2日から始まった今回はオリンピック開催の整合性のためか使用許可が出たおかげで、マスクをしてシールドを面につけてなんとか稽古が出来ています。
過去3回の緊急事態宣言の期間中、剣道ができない時は自宅近くの千里川沿いに遡って、野鳥を観察したり、箕面の山のいろんなハイキングコースを歩き回り、時には勝尾寺まで足をのばし、最後は箕面の滝を見て家に帰るという日々でした。

  同窓会写真クラブに在籍しているので、野鳥の写真を撮りたいと思ったのですが、中々難しくこれにはかなりの準備と忍耐力が必要なため、今回は諦めました。
19回生の高秋夫さんが723種の野鳥撮影をされているのは驚異的で、しかも完成度の高い写真を撮られているのは素晴らしく、機会があれば他の写真も是非見せていただきたいと思っています。

次は同期で総会やさるく会に遠く愛知県から参加してくれている寒川千恵子さんにタスキを繋ぎます。

水辺のアオサギ

夕陽と雲

民家の花畑

No64 松尾由美 31回生 「卒業以来の長崎」

  31回生の松尾です。現在大阪府豊中市に住んでいます。父親の転勤で5才の時長崎の地に降り立ちました。家族は高校途中で豊中に戻りましたが、私は一人残り、高校卒業と共に長崎の地を後にしました。
友だちもいなかった豊中で仕事仲間ができ、結婚、子育てを通じてママ友ができ・・・いつの間にか豊中での生活の方が長くなってしまいました。
2年ほど前でしたか、長崎に遊びに行きました。初めて軍艦島に行き、高校時代の親友に東高にも連れていってもらいました。夏休み中でしたので中には入られませんでしたが、懐かしく眺めてきました。この坂を剣道の防具を抱えて歩いていたのかと思うとゾッとします。長崎は坂の町と知っていますが、記憶に残っている以上の坂で、車の燃費悪いだろうなぁ~と心配になりました。稲佐山にも上りました。卒業以来です。長崎の夜景、やっぱり好きですね。道路が変わり、大きな商業施設もでき、雰囲気はとても変わっていましたが、十数年だけでも長崎市民として生活できたことを幸せに思います。
娘たちが長崎に行ってみたいと言います。早くマスクなしで出歩ける日々に戻って遊びに行きたいで~す。

 高校時代を思い出して、ちょっとだけ剣道を始めようかなと話をしていた繋がりで、次は25回生の倉田さんにバトンをお渡しいたします。

No63 新開 潔 23回生 「卒後50年」

  福岡県生まれ。小学1年に高島へ。高島中学卒後東高。卒後名古屋京都大阪高石市、堺市と転居し現在堺市在住。
昨年十月退職し90歳になった母と同居中。

今年で23回生は卒後50年となります。コロナがなければ記念同期会をおこなう予定でした。50年、あっという間ですね。思い起こせば、原子力空母エンタープライズ佐世保港入港問題、大阪万博、第24回長崎国体(マスゲームで参加)等がありました。学生運動が盛んで殺伐とした感じでした。

そんな中2年の時に先生の反対を説得して文化祭でお化け屋敷をやったのが良き思い出となっております。体育祭の時に桟敷造りをやってましたが、その技を応用して竹を切り出し教室に通路を作りました。当日来てみたら窓から光があふれていてびっくり(笑)暗幕を急遽天津先生にお願いして準備してもらい窓全てに暗幕を張りました。張ったのは良いのですが、逆に暗すぎてより恐怖感のあるお化け屋敷になってしまいました。楽しかったです。
お化け屋敷を提案した時、先生方は反対されました。そこを現代のお化けととして交通事故や戦争時のパネルを長崎新聞社?からお借りし、パネル展も一緒に実施することで了解を得られました。やってみるもんですね(^^)v

私は、3年の10月に両親が名古屋転勤となり卒業後長崎を離れました。それから50歳になるまで長崎に帰ることも同窓生に会う機会がありませんでした。
ひょんなことから東京の同期会に呼ばれ参加してから、長崎同期会、在京同窓会、長崎同窓会総会と皆勤に近い出席率で参加してます。

高校3年間だけでしたが、心地よい時間を持てるのでこれからも参加していこうと思っています。同窓生と会うと頑張らなくてはという力をもらってます。

次の襷は関西同窓会の常任幹事をして頂いている31回生の松尾由美さんにお渡しします。

No62 布野悠 65回生 「東の地から」

  こんにちは。65回生の布野悠(旧姓:小柳)です。

神戸大学を卒業後、現在は就職に伴い東京で社会人生活を送っています。

数年前の同窓会では、何度か校歌の指揮をさせて頂いており今回タスキをいただきました。

 さて、何について書こうか迷ったのですが、せっかくなので今住んでいる江戸川区について紹介しようと思います。

江戸川区は東京都の一番南東にある区で、県境の川を渡ると千葉県、という場所です。

東西を川に挟まれており、数年前の台風の際には、水没の危険があるので区の外に避難してくださいと言われるほどでした。

また、南北に長い範囲を有するわりに鉄道が東西方向にしか走っておらず、南北を縦断するにはバスで1時間かかってしまいます!

ちょっとだけ、阪神間のアクセスを彷彿とさせますね。

そんな江戸川区で有名なスポットが、「葛西臨海公園」です。

都立公園の1つで、公園内には植物園や葛西臨海水族園(昔、マグロが全滅してしまったところといえばピンとくる方もいるかもしれません)、観覧車などもある、広さ約78万㎡の公園です。

最近だと、東京オリンピックのカヌー・スラロームの会場にもなってましたね。臨海部なので海はもちろん、林あり、草原ありでお散歩やランニングにもぴったりです。

観光地とはまた違った感じですが、コロナが落ち着いてお近くに来られた際には是非立ち寄ってみてください!

コロナ禍で関西にもしばらく戻っていませんが、落ち着いた折にはぜひまたお会いできるのを楽しみにしています。

 

次は学生時代にもお話しさせていただいた23回生の新開潔さんにおつなぎします。

 

ps 田口さん

ぜひいつか、最近の吹奏楽部のようすについても聞かせてくださいね!

葛西臨海公園やその付近の遊歩道では、のんびり暮らす地域猫たちにも会えます。

ダイヤと花の観覧車です。

No61 田口佳南 73回生 「夏のコンクール」

  田口佳南と申します。現在、神戸大学国際人間科学部に所属しています。東高で3年間過ごし、吹奏楽部に所属していました。

 今年、東高吹奏楽部が夏のコンクールで3年ぶりに九州大会出場を決めました。昨年はコロナの影響でコンクール自体中止となり、3年生だった私はかなり悔しい思いをしましたが、後輩たちがこうして、昨年の思いを晴らすように九州大会出場を決めてくれて、とても誇らしいです。

これからもOGとして母校の吹奏楽部を応援し続けようと思います。

次は吹奏楽部と神戸大学の先輩、65回生の布野(旧姓小柳)悠さんにこのタスキを繋ぎます。

No60 八尾裕大 73回生 「猛暑のち大雨」

 中高6年間を過ごした東をこの春卒業し、現在は大阪大学に通っています。今回は、気象に興味を持っているので、天気について書きたいと思います。

 8月に入り、大阪では猛暑日が続きました。大学内を少し歩くだけで汗だくになってしまうほどの大阪の暑さに、この夏耐えられるか不安になったことを覚えています。しかし、台風9,10号が発生し、状況は変化しました。台風が、北から冷たい空気を引っ張ってきた結果、オホーツク海に低気圧が発生し、梅雨のような天気になりました。

 最近、大雨が続いてしまう原因は、、、なんと遠く離れたインド洋です。(まだわかっていないことも多いですが)インド洋の海水温が高くなると、海水が水蒸気になり、ヒマラヤ山脈にさえぎられて、九州の西側に流れ込みます。この水蒸気が普段の日本付近にある水蒸気と一緒になって、大雨を長く降らせてしまいます。今降っている雨は、インド洋から来たということに、やはり世界はつながっていると実感できます。

 みなさんも、台風や大雨に気をつけて過ごしてください。そして、時には空を眺めてみてください!

 次は同じ73回生の田口佳南さんにタスキを繋ぎます。

 

インド洋からの湿った空気

精霊流しは、雨がやんだので無事に行われました!(中央橋付近です。)

No59 尾上柊人 73回生 「空き地」

   大阪大学一回の尾上です。中高と長崎東で過ごし、1年間生徒会長を務めさせていただきました。部活は射撃部に6年間所属しており、その縁で小田原先輩からタスキをいただきました。
小田原先輩、ありがとうございます。

   大学での生活も半年が過ぎ、学校や部活の軽音部に行くことも増え、やっと大阪での生活に慣れてきました。
そんな中、半年ぶりに地元に帰ってみると、見慣れない空き地を目にしました。私は、自分の記憶の中の故郷にはないその空間に、少しの違和感を覚えました。その時、私が変わっていくように、故郷もまた変化していくのだということに気付きました。そして、その空間だけが故郷として喪失してしまったようで、少しの寂しさを感じました。
しかし、聞いたところによると、今度そこに新しい家が建つそうで、その空き地は誰かの未来でもあるのだということを実感しました。
ぽっかりと、少し間抜けな空間に、過去と未来とが混ざり合って存在しているような気がしました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

次は同じ73回生で大阪大学の八尾くんにタスキを繋ぎます。

No58 小田原光輝 72回生 「夏休みとコロナ」

大阪大学2回生です。長崎東で6年間を過ごし、中高共に射撃部でした。

大学生活の1年半はあっという間に過ぎ去りました。コロナで対面授業はほとんどなく、友達も少なく、「これぞ大学生活だ」という生活は送れないまま夏休みに入りました。

夏休みは、実家に帰りました。最近は雨が続き、外にも出ることができません。だから、コロナ禍の授業があった頃と同じように家で過ごす生活ばかりになりそうです。そんな退屈な日々を助けてくれたのが、高校時代の友達で、頻繁に連絡をくれ、高校の友達の大切さを実感しました。

次は射撃部の後輩で、73回生の尾上柊人くんにこのタスキを繋ぎます。

No57 三浦功奨 72回生 「SGH」

  大阪大学2回生です。中高6年間を東で過ごし、中学ではサッカー部、高校では射撃部に所属していました。

私が東での6年間でさせて頂いた貴重な体験の1つに「SGH(スーパーグローバルハイスクール)」事業での研究活動があります。私たちのグループは立山地域の防災マップや災害時に役立つ情報を載せたパンフレットを作成し、立山地域の住民の皆さんの防災意識を上げようという研究を行いました。

この活動の中で私が最も感じたのは仲間の大切さです。住民の方々へのアンケートやパンフレットに必要な情報収集などの研究活動だけでなく、日本語・英語での論文や発表の準備などひとりの力では決して成し遂げられなかっただろうと思います。また時には研究をよりよいものにするために熱く議論をしました。仲間の存在があったからこそ、全員が納得のいく研究ができたと思います。

今となってはみな散り散りとなってしまいましたが、zoom会を開くなどメンバーとはよく連絡を取っています。少し先にはなってしまうかもしれませんが、みんなでどこか旅行に行こうと話しています。

次は射撃部で共に切磋琢磨した小田原光輝君にたすきをつなぎます。

参加させていただいたSGH甲子園の開会式の様子